探偵局情報より:
忍者を初めて使ったので有名なのは「十七条憲法制定」に登場する蘇我馬子と聖徳太子である。
馬子は忍者を使い崇峻天皇はじめ、対抗する豪族達を次々に暗殺してその勢力を拡大し、聖徳太子は服部氏族=伊賀忍者の祖、甲賀忍者の祖らを使って各地の情報を収集したとされる。両者の共通項は、日本に仏教を広める推進派であった事だ。また、山伏信仰とも大いに関係する。今回は、忍者がいかに当時の健康食品・開発していたかを解き明かす。
「巻き菱は非常食でもあった!」:
忍者が追っ手を足止めするために使う忍具である巻き菱は、非常食としての機能を持っていた。ただし、時代劇に観られる鉄製の巻き菱ではなく天然のヒシの実(巻き菱)のみが非常食となる。巻き菱に使うヒシの実は、天日乾燥させることで水分を飛ばして堅くしているので保存性も高く、でんぷん質を豊富に含んでいるので栗のような味で、実際食用では、茹でたり蒸したりした。
「忍者の日常食は豆」:
忍者が日常食べていたのは大豆食品。大豆は畑の肉と言われるが、植物性たんぱく質を豊富に含み、大豆食品は日々の修行で酷使した身体を癒し、筋肉を育て、肌を綺麗にして変装のバリエーションにも貢献。忍者は大豆の他にも、ミネラルを豊富に含み脂肪代謝効果を高めるゴマや、ビタミンや食物繊維を含んでいる玄米と言った現代での「健康食品」を常食していたことなど、以下の通り深く解説していく。
「兵糧丸」:
もっとも有名な忍者食。「一つ食べれば一日動き回れる」と言われる程。忍者だけでなく武士も真似して戦場に携行した程に当時から人気の高かった忍者食。兵糧丸の原料はソバ粉・はと麦・ゴマ・蜂蜜・砂糖などで、国ごとに材料やレシピが違い、兵糧丸一粒のカロリーは一個約300kcal。
「飢渇丸(きかつがん)」:
甲賀忍者が愛用したと言われている忍者食。「一日三粒飲めば心力衰えることなし」の健康食品。飢渇丸の主成分には、滋養分が強い朝鮮人参が使用され、朝鮮人参のほかにも民間薬として知られるユキノシタやカンゾウ、ヤマイモなどの滋養分の強い野草が含まれており、製薬術に長けた甲賀忍者の技術力である。これらの材料を丸薬状に加工した飢渇丸を携えて甲賀忍者は活動していた。滋養強壮効果の強い飢渇丸は、耐え忍ぶことを旨とする忍者にとって必需品。
「水渇丸」:
忍者の活躍していた時代は水道設備が乏しく、井戸か川から水を汲んでくるのが当たり前。水を飲みたいと思ったら汲んで来るか竹で作った水筒に入れておくのが普通だった時代。任務活動中、自由に水を飲むことが許されず、そこで登場するのが「水渇丸」。水渇丸は喉が渇いた時に飲めば、喉の渇きを癒せる非常食。水渇丸の原材料となるのは梅干と砂糖で、その酸っぱさで唾液を分泌させて飲み干すことで喉の渇きを癒すと言うもの。
「能力を高める忍者の日常食」:
忍者は任務活動のために必要な能力を高める手段を修行と食に求め、その一つがスルメ。スルメをよく噛んで食べることで顎が強くなり、歯を食いしばって全力を出しやすくなり、スルメの原材料であるイカには目や肝臓を強化するタウリンが豊富に含まれる。他にも山椒や人参でビタミンAを摂って、暗視能力を高めるなどの工夫も。
「焼乾(たきいい)」:
炊いたお米を水分が飛ぶまで炊き上げ、滋養強壮効果が出ると言われ好んで食べた。米は日本人の主食だけに一般的保存食。一度炊き上げた米を天日で乾燥させた「干し飯(ホシイ)」にした。米は炊くことによって、米の中に含まれるでんぷんがアルファ化して甘みが出て食べやすくなる。干し飯は忍者だけでなく、武士たちの携行保存食として重宝し、あの松尾芭蕉も携行した。食べ方は水に浸すか炊き直して柔らかくする、そのまま口に含み唾液で戻す。
「伊賀越えから生まれた佃煮」:
浅草付近の名物・佃煮も、忍者起源の保存食だ。徳川家康が本能寺の変の後、伊賀忍者の力を借りて境から三河への強行軍を行った「伊賀越え」の最中、大阪・佃村の住民(忍者系)が協力した際に提供した煮物が原型。小魚や貝などの生ものは、塩で茹でて干物にし更に煮ることで保存性が高まる。後に家康が江戸幕府を開いた時、大阪・佃村の住民を江戸に移住させ現在の佃と佃煮が生まれた。また、家康は佃村の住人に大名の台所事情を探らせる諜報員として用いたとも言われ、佃煮と忍者は切っても切れない関係らしい。
出典参考:ウェブサイト「忍者マイスター」
筆:探偵局員 佐々木倉之助













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